大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(オ)1226号 判決

上告人(原告)

川口重夫

被上告人(被告)

沼津市

ほか一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤文保の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

上告理由

第一 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

即ち、原判決は被上告人大有建設株式会社について、「被告会社としては、前記認定の工事の状況を考慮すると、路面に約五センチメートルの段差が存することを夜間走行する車両に警告し注意を喚起する方法として、前記認定の如く、赤色点滅灯及びバリケード各一基を各マンホール毎に設置することをもつて足りるというべきである。従つて、被告会社が道路工事施工者として交通の危険を未然に防止すべき注意義務に違反したものということはできない。」とする。

民法第七一七条1項は「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵あるに因りて他人に損害を生じたるときは其工作物の占有者は被害者に対して損害賠償の責に任ず」と規定している。道路及び道路の掘さく工事も土地の工作物である。同条の土地の工作物の設置又は保存の「瑕疵」とはその物が本来具えているべき性質または設備を欠くことである。道路又は道路工事の管理者・占有者はこれを常時安全良好な状態において維持すべき義務があり、道路の設置もしくは保存の「瑕疵」とは、道路が客観的基準に照してその本来備えているべき設備・性質を欠いていることにつき設置上もしくは管理上のなすべき措置がなされていなかつたということ即ち安全性の欠如していることである。道路はその構造において当該道路の存する地域の地形・地質・気象その他の状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであり、かつ円滑な交通を確保出来るものでなければならないのであり、又その管理において、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさぬように努めなければならないのであるから(道路法四二条)、少くとも道路又は道路工事の設置者の管理者・占有者は右一般的基準に適合するような設置・管理をなす必要がある。道路又は道路工事の管理者は道路を常時良好な状態に保つように維持し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならないのであり、常時全面的に安全かつ自由に交通可能な状態におかれるべきである。道路工事については「工事現場にはさく又はおおいを設け、夜間は赤色燈又は黄色燈をつけ、その他道路の交通の危険防止のために必要な措置を講じなければならない」(道路法施行令第一五条五号)のであり、道路掘さく工事の埋め立て途中の穴が存する場合、右路面の危険箇所を通行する車に知らせる措置を講じ、その方法も単に危険箇所を知らせるというのみではなく運転者に高度の注意を促し、その操縦上の正確な判断を可能ならしめるため、右危険箇所の存在と併せてその範囲をも明瞭に知らせる措置を講じなければならないのである。

然るに

(一) 本件道路は両側に歩道があり幅七メートルの道路で、片側路線の幅は三・五メートルである。(甲第三号証実況見分調書)。

(二) 本件工事は道路中央付近から歩道に向つて、二メートルの四角に掘られ、その掘られた穴は舗装道路より約五センチメートル低く掘られ段差があり、その穴の中央には直径約一メートルのマンホールの蓋が穴より高く設置され、穴との間に段差があり、二重の凸凹となつていた(甲第二号証捜査報告書、甲第三号証、実況見分調書)。従つて本件工事側の道路の車の進行可能幅は、歩道側の道路端の約一・五メートルであつた。

(三) 本件道路は舗装され、付近には団地もあり、往来があつた。本件工事現場付近について、工事現場の左側は造成地で住宅もなく、しかも街灯はなく本件工事現場を照らす照明はなく暗い処であつた(甲第二号証捜査報告書、甲第三号証実況見分調書)。しかも進行前方の見通しは悪かつた(甲第三号証実況見分調書)。

(四) 本件道路及び本件工事現場に置かれていた標識は前記マンホールの蓋の上に工事用の馬と赤色の点滅灯が各一つずつ置かれているだけであり、舗装道路と穴との前には何にも設置されておらず、その他に道路には工事中との標識もなければ、何ら工事を示す標識・防禦設備は設置されていなかつた(甲第二号証捜査報告書、甲第三号証実況見分調書)。しかも、マンホールの蓋の上に置かれた赤色の点滅灯の点滅も遅かつた(甲第二号証捜査報告書)。

(五) 然るに、本件工事現場は工事により二メートル四方に亘つて舗装道路より五センチメートルも低く掘られ、しかもその掘られた穴の中央にマンホールの蓋が高く設置されているのであり、その段差・マンホールとの状況凸凹によつて、(特に単車にとつてはその段差部分の及ぼす影響は大きい)走行してくる車両が右穴に落輪したり、あるいは穴のマンホールの蓋に進行を阻まれて操縦の自由を失つたり不測の事故を起こすことは明らかで事故を発生する危険性がある。従つて段差の存在及び範囲が夜間に通行中の車上からもはつきり認識できる標識や防禦設備等を設けて段落部分からの避譲を促がすなどして通行車両の事故発生を未然に防止する措置を講ずる義務があるのである。本件の場合、進行道路部分では段差個処を除いた通行可能の道路は道路の歩道左端より一・五メートルであり(これでは普通車の通行は不可能)、しかも本件道路付近には団地があり、車の往来も充分予想される処である。本件道路は舗装され、歩車道の区別もあり、良好の道路である。良好な道路では、通常の車両運転手はその掘られた穴の部分の存在を直前まで気付かず、他の平担部分と同様の道路条件であることを予想して走行するのが普通である。本件工事は二メートル四方に亘つて舗装道路より五センチメートル低く掘られ、しかもその中央に一段高くマンホールの蓋が存在しているのであるから、そこを通行することにより交通事故が発生する危険性は大である。しかも本件事故現場付近は造成地で街灯はなく、当時暗く、又先の見通しも悪かつたのであるから夜間の通行車両に段差・現場の状況を視認できる照明設備を付けさらにその穴の段差・範囲及凸凹の状況を現認させる標識や防禦馬を設置し、交通の安全を管理すべき義務があるのにそれを怠り、漫然と中央のマンホールの蓋の上に馬と赤色の点滅灯を各一つ置いただけで、照明設備を置くこともなく工事現場の前方に工事中の標識もなく、他の場所に工事標識を置くこともなく、さらに穴の前に工事馬で囲うこともせず、又、赤色燈でその工事の範囲も示すこともしなかつたのであり、前記の置いた標識だけでは、その穴の個処を通過する危険性を防止事故を未然にすることは出来ず、その管理に不備があつたものであることは明白である。

右被上告人大有建設株式会社の道路工事の設置・保存としては充分でなく、民法第七一七条の瑕疵があることは明らかであり、原判決が瑕疵なしとしているのは同条の法令の適用を誤つたものであり、同法に違反し、その違反は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第二 原判決は民法第七一七条の土地の工作物の設置又は保存の「瑕疵」について、その「瑕疵」の内容・意味について何ら判断が示されておらず、理由が不備であり、これは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第三 原判決には判決に及ぼすことが明らかな法令の違反がある。即ち、原判決は被上告人沼津市に対しても「本件においては、交通の危険を未然に防止する措置として被告会社がなしたバリケード及び赤色点滅の設置を以つて足りるというべきである」としているが、これは前記第一で述べたと同様設置又は管理として不充分であり、しかも被上告人沼津市は工事人である上告人会社に対し、具体的に何ら交通の危険を防止することを何ら指示せず本件工事に着手する前に二つのバリケード及び二つの赤色点滅灯を置くことを被上告人会社から置くと云われて同意しただけで、その後の管理もしていないのであり、国家賠償法第二条の「道路の設置又は管理」に瑕疵があつたことは明らかであり、原判決は同法の適用を誤つたもので、法令の違反があり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第四 原判決は国家賠償法第二条の道路の設置又は管理の「瑕疵」の内容・意味について何ら判断が示されておらず、理由が不備であり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第五 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

即ち、仮りに民法第七〇九条の「過失」を考えても被上告人大有建設株式会社は道路工事者であり、被上告人沼津市は道路管理者であり、ともに交通の危険を未然に防止すべき義務があり、前記第一で述べた様にその義務を怠つたというべきであり、過失があり、民法第七〇九条の適用を誤つたと云うべきもので、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

以上いずれの点よりも原判決は違法であり、破棄されるべきである。

以上

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